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EPISODE #18
SPRING / SUMMER 26
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EPISODE #18 SPRING / SUMMER 26
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右へ、左へ、あと300mです…。最近は目的地までの移動が格段にスムーズになった。ポケットにいれたモバイルから耳につけたデバイスを通じて案内されるがままに歩みを進めると難なく目的地まで到着する。海外を巡るようになった20年前からすると本当に便利になった。一昔前は地図を片手に苦労しながら目的地を目指した。

ファッションウィークの度に訪れていてもパリは難易度が高く、とりわけショールームが多いマレ地区は17-18世紀の建物がそのままに残っており、簡単に迷ってしまう。それでも少しずつカフェやレストラン、街に馴染んでいるパブリックアートが目印となって土地勘を養った。何気なく通り過ぎる路地に、ふと現れる人物のシルエットや、繰り返し見かけるモチーフ。そこらに点在するパブリックアートから街の輪郭が浮かび上がるような感覚があった。

H.ROLLO H.ROLLO
H.ROLLO

パリの街角で目にするパブリックアートは、観光名所のように大げさな存在ではない。むしろ都市の肌理の一部として溶け込んでいる。地図に載らない、けれど確かに存在する座標のようなものだ。パブリックアートと聞けば、多くの人はバンクシーを思い浮かべるかもしれない。しかしその源流を辿ると、1981年のパリに行き着く。ブレック・ル・ラットがステンシルによってネズミのシルエットを街の壁に出現させた。都市の中で最も自由に動き回る存在としてのラット。ステンシルという技法によって迅速に、そして繰り返し描かれるそのイメージは、ギャラリーの中ではなく生活の延長線上に置かれていた。

同じくフランスの視覚芸術家、アーネスト・ピニョン=アーネストも美術館の外に表現の場を求めた一人だ。彼は歴史や社会的な出来事と深く向き合い、その場所が持つ文脈に呼応するようにドローイングやポスターを設置した。作品は風雨に晒され、やがて剥がれ落ちる。その時間の経過さえも作品の一部として受け入れていた。

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ANDY ANDY

彼らに共通するのは、技法以上にアティチュードだったのではないかと思う。アートを閉じた空間に置かず、メッセージを公共へ差し出すこと。街はキャンバスであり、同時にメディアでもある。NICENESSにとってのキャンバス、メディアは常に洋服だ。大量生産が前提となり、トレンドが瞬時に消費される今のファッション業界において、効率ではなく痕跡を残すことをブランドの指針としてきた。

今回制作したユーティリティジャケットH.ROLLOとパンツH.BLISSには、ものづくりにおけるフィロソフィーをステンシルプリントした。リネンとコットンを混紡したヘリンボーン生地をキャンバスに、京都の職人たちがエアブラシで染料を吹き付けていく。ステンシルの配置、エアブラシの圧による濃淡や滲みなど、手作業がゆえに一枚とて同じ仕上がりにはならない。その揺らぎから確かに人の手の痕跡を感じられる。

ANDY ANDY
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世の中が便利になった一方で、失われたものも多分にある。見知らぬ場所で、地図を片手に歩いた景色はいまだに鮮明に覚えている。あの頃の目的地へたどり着いた時の達成感はアプリの完璧なナビゲーションからは得られない。洋服もまたトレンドが世界レベルで均一化されて独自性が失われてしまった。テクノロジーの発展を否定するつもりは全くないが、物事が一方向に盲目的に進んでいくことには危うさを感じる。

色々な洋服で溢れている世の中で、何を選ぶのか。その基準は、便利さや即時性だけでは測れないはずだと思う。服は単なる消費物ではなく、アティチュードを纏う行為でもある。壁に描かれたアートが、都市の中で静かに主張していたようにこのジャケットやパンツもまた、声高ではないけれど確かなメッセージを持っています。完璧ではないこと。均一ではないこと。人の手が介在していること。それが、今という時代に私たちが信じる価値の源泉です。

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