Perspectives
A Dialogue with Toshihide Okamoto
Perspectives — A Dialogue with Toshihide Okamoto

Photo:Yuto Kudo

金沢で生まれ育った岡本俊英は、植物を使った空間造形を生業としている。ガーデンをつくり、店舗や空間のディスプレイを手がけ、植栽を計画する。けれど本人の感覚では、扱っているのは植物そのものではなく、空間そのものだという。その延長線上に、近年大きくなってきたのが「香り」の仕事だ。目には見えないが、空間の温度や記憶を確かに変えてしまうもの。彼はそれを「見えない植物」と呼ぶ。一年前、私たちがNICENESS EBISUの扉を開いたとき、その空間に流れる香りを託したのも、岡本さんだった。

経歴は一直線ではない。はじめはアスリートを志し、次に金融の世界に身を置き、やがて地元へ戻って花の道に入った。独立後はライフスタイルを提案する店を構え、音楽や食やアートを混ぜながら、植物が自然に立ち上がる場をつくってきた。香りについては誰かに師事したわけでもなく、ひたすら買い集めては組み合わせ、時間が経つとどう変化するかを見る。その繰り返しで独学のまま今に至る。理論から入る一般的な調香とは、まるで逆の道だ。

その根にあるのは、ひとつの見方に物事を固定しないという態度である。瓶を見ても、彼はそれを単に瓶としては見ない。別の文脈に置き換え、まったく違うものとして捉えてみる。すると、それまで見えなかった側面が立ち上がってくる。屋号の「Viscum Flower Studio」のViscumは「宿り木」を意味していて、何かに寄り添い、混ざり合いながら、まだ名前のついていないものを生み出していくこと。それが彼の仕事の流儀だ。

私たちがNICENESSの香りを岡本さんとつくりはじめたとき、最初の打ち合わせは、ひどく曖昧なものでした。香りは目に見えない。だから何から相談すればいいのかも分からない。けれど彼は、その定義されない時間を、まるごと引き受けてくれました。言葉にしきれない感覚を少しずつ重ねながら輪郭を探っていく――それは、私たちが一着の服に向き合うときの感覚と、深いところで響き合っていました。岡本さんとの対話は、ものづくりが対話の積み重ねから生まれるのだということを、あらためて思い出させてくれるものでした。

瓶を、瓶として見ない

NN:岡本さんの活動において、最も大切にしている原則や理念を教えてください。

岡本さん:強く意識している理念があるわけではないんです。ただ、ひとつ挙げるとすれば、「こうあるべきだ」という見方を固定しすぎないこと。たとえば目の前に瓶があったとしても、僕はそれを瓶としてだけ見ていないんですよね。違う文脈に置き換えたり、まったく別のものとして捉えてみたりする。そうすると、それまで見えていなかった側面が急に立ち上がってくる。意図的にやっているというより、もう癖のようなものですね。

僕にとっては、仕事も日常も全部フィールドワークみたいな感覚があります。人と会うこと自体が新しい発見ですし、屋号の「Viscum Flower Studio」のViscumは「宿り木」という意味なんです。何かに寄り添って、ミックスした状態で新しいものをつくっていく。完成された状態で人と向き合うのではなく、不完全なまま関わる。その中で、予想もしなかった方向に変化したり、新しい価値が生まれたりする。実際、自分の人生を振り返っても、計画通りに進んだことより、出会いによって思いがけない方向へ導かれたことの方が、圧倒的に多かったんです。

NN:そういう考えになったのは、いつ頃からですか。

岡本さん:東京に出てきてから、特に強くなりましたね。店をやっていた頃は、出来上がった商品を買っていただいて喜んでもらう、という形でした。でも今は、自分が完成形を出していない状態で、人とセッションしながらつくっていくケースが増えた。だから余計に、ひとりで完結しないこと、常に何かと混ざり合いながら変化していくことが、自分にとって大事なんだろうなと思っています。

理論より先に、感覚がある

NN:植物の世界には、どういう経緯で入ったのでしょうか。

岡本さん:もともとは、まったく違う仕事をしていました。スポーツをやっていて、それから金融の世界へ。植物とは縁もゆかりもなかったんです。ある時、これからは植物や環境の分野が面白くなるんじゃないか、という話を聞いて。今のようにサステナブルという言葉が一般的になる前で、当時としては珍しい考え方だったと思います。でも妙に引っかかって、地元の金沢に戻り、まずは花市場で働きはじめました。

そこから老舗の花店に入れてもらうんですが、最初は断られたんですよ。「あんた、すぐ独立するんじゃないの」って(笑)。それでも何度も通って、結局すごく可愛がってもらいました。店頭だけじゃなく、仕入れも冠婚葬祭も、華道家のアシスタントまで、本当に全部やった。あの時期に、花屋の基礎体力みたいなものを叩き込まれた気がします。

NN:香りを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

岡本さん:きっかけはいくつかあるんですけど、いちばん最初は花屋をやっていた頃の経験かもしれません。花屋って、たくさんの植物を扱う一方で、どうしても使いきれない部分や、廃棄しなきゃいけない部分が出てくるんです。花としての役割は終わっても、捨てる直前ですごくいい香りがしていたり、植物としての魅力がまだ残っていたりする。それを見ているうちに、「何か別の形で活かせないのかな」と思うようになって。花としての寿命は終わっていても、その植物が持っている香りや記憶までは、消えていない気がしたんです。そこから自然と、香りの世界に興味を持つようになりました。

あと、花を生けるのって、立体的な作品をつくる感覚なんですよ。それである時、フレグランスって「目に見えないアレンジメント」なんじゃないかと思って。生ける感覚にすごく近いなと。

始め方は単純で、とにかく買ってきて、組み合わせて、を延々と繰り返す。独学です。一般的な調香師の方は、化学や理論から入る人が多いですよね。香料の構造や相性、ピラミッドのような体系があって、その上で組み立てていく。でも僕はまったく逆で、「なんかいいな」から始まるんです。組み合わせてみて、失敗して、また試して、時間が経つとどう変化するかを見る。だから後で研究者の方たちと話すと、「そんなつくり方をする人はいない」とよく言われました(笑)。でも僕にとっては、植物も香りも、理論より先に感覚があったんです。

理論から入ると、ゼロか百か、という話になりがちです。でも僕は、やってみると違うことが起こると思っている。同じ原料でも産地ごとに違うし、時間とともに表情も変わる。その、一定ではない揺らぎにこそ、ロマンのようなものを感じるんですよね。

各々の世界は、根で同じだった

NN:今の活動における「独自性」は、何がもたらしていると思いますか。

岡本さん:勉強しながら一本道を通ってきた人とは、違うルートで来ているんですよね。今でいうリベラルアーツに近いのかもしれません。アートの世界にもいたし、植物の世界にもいたし、金融の世界にもいた。それぞれ大事にしているものは違う場所のように見えて、実は全部同じなんです。考え方は同じ。それを転換しながら、ミックスしながらやっているところが、たぶん自分らしさなのかなと。

なぜこういう人が増えないのか、とよく考えます。ひとつには、みんな最短のものを求めすぎているのかもしれない。手っ取り早く済ませようとする。でも道具というのは、調理器具と一緒なんですよ。フライパンと同じで、中の素材をどう熟知して、どう調整していくか。そこに手間をかけるかどうかで、出てくるものはまったく変わってくる。

我慢することで、豊かになる

NN:岡本さんにとって「価値」とは、どのようなものでしょうか。

岡本さん:価値は、固定されたものではなくて、常に多様に変化するものだと思っています。個々の人が認識するレベルによっても変わる。たとえば原料を扱う会社さんと仕事をすると、向こうは原料を「機能性」として見て、僕は「香りの分子」として見る。まったく違うフェーズで同時に見ているわけです。でも、それをお互いに共有し合うことで、価値のレベルが変わったり、意識が変わったりする。異なる視点が交わる瞬間に、新しい価値が立ち上がってくるんです。

NN:日常の中で、価値基準が変わったことってありますか?

岡本さん:最近、自分の生活の中で特に変わったことがあります。今は何でも手に入るじゃないですか。ポチっとすれば買えるし、お腹がすけばすぐ食べられる。でも、それでありがたみや感動がなくなった気がして。だから、あえて何でも手に入らない状況に身を置くようにしているんです。本当に食べたいものがあっても、すぐには食べない。何日か後に、すごく準備をして食べると幸福度が、ぐっと上がったんですよ。たったそれだけなんですけどね。すぐに結果を求めても見えてこないものって、たくさんある。植物も人間の都合じゃ育たないし、香りも熟成して初めて出てくる表情がある。待つ時間の中にしかないものが、確かにあるんです。

結論を、急がない

NN:デジタルやAIが急速に広がる時代に、「本物」や「価値」の概念は変化していると感じますか。

岡本さん:基本は変わらないですね。外野の人たちがいろいろ言っているだけで、手で何かをつくってアウトプットすることに変わりはない。デジタルを通すか通さないかというだけで、そこにどう自分が向き合うかの時間なのかなと思います。

僕がいちばん影響を受けているのは、東洋哲学なんです。鈴木大拙と西田幾多郎。二人とも石川県の、しかも同時代に出ているんですよ。世界でも有数の東洋哲学者が、同じ場所から同じ時期に二人。これはすごいことだと思っていて。西田の「純粋経験」という言葉があるんですが、これは、まだ判断が生まれる前の、主体と対象すらまだ分かれていない瞬間の経験のことなんです。

「これがいいですよ」とバイアスがかかった状態で嗅ぐ香りと、何も聞かされずに嗅ぐ香りとでは、立ち上がってくるものがまるで違う。そのモヤっとした、まだ言葉になっていないところの経験を大事にしたい。

明確な答えがすぐ出てしまう世の中だからこそ、結論を急がず、分からない状態を傍らに置いておくことの方が大事なのかなと思うんです。すぐに「これがいい」と決めてしまうと、百歩のうち二十歩を選ばなかった人が何を思っているか、考えなくなる。その二十歩を一度考えてみること。そこから、お互いの理解や多様性が生まれてくる気がしています。

NN:岡本さんが「本物」と感じるのは、どういう時ですか?

岡本さん:本物かどうかは、SNSの上ではあまり分からないんですよ。実際に会って、会話して、初めて「この人はやばいな」と感じる。文章では表現されていないのに、日常のたたずまいで伝わってくる。本物って、たぶんそういうところに宿っているんだと思います。

見えないものを、形にする

NN:NICENESS EBISUをオープンするとき、店の空間の香りを岡本さんにお願いしました。そのときのことを、聞かせてください。

岡本さん:最初は、かなり曖昧なところから始まりましたよね。でも僕は、その曖昧さがすごく良かったと思っているんです。

服をつくるときは、ある程度「形」があるじゃないですか。素材があって、縫製があって、シルエットがある。でも香りは、そもそも目に見えない。だから「何から話せばいいのか分からない」という状態から始まる。NICENESSとの最初の打ち合わせも、今思うとすごくふわっとしていました。でも、その定義されていない状態が、僕にはすごく自然だったんです。

僕がよく企画に呼ばれるのは、たぶん「通訳」のようなポジションなんですよ。「ミントの香り=爽やか」みたいに、香りを言葉とイコールで結ばない。そうじゃなくて、その人がどういう生活をしていて、何を食べて、どこで買い物をするのか――そういう話から、おそらくこうじゃないか、と香りを組み立てていく。NICENESSのときも、皆さんが共有してくれた感覚を、少しずつ形にしていった感じでした。

NN:実際、二回目の打ち合わせで見本をいくつも持ってきてくれましたね。

岡本さん:トライアンドエラーをずっとやってきたので、選択肢がたくさんあるんです。最初に八つくらいつくって、そこから二つに絞って、さらに細分化していった。でも面白いのが、結局いちばん最初に「これだろうな」と僕が直感していた一本に戻ったんですよ。自分で嗅いでいて、「あっ」と来る瞬間があるんですよね。香りは時間とともに変わるので、少し寝かせてみたり、空気に当てたらどう変化するか見たりする。空気に当てたらもっと良くなった、と感じたときに、絶対これだなと思った。

しかも、それを選んでほしいとは、僕からは言っていないんです。バリエーションをいくつも試したのに、最終的に皆さんがそこへ戻ってきた。どの仕事でも、ときどきこういうことが起こるんですよね。

NN:使っている材料が、すごく複雑ですよね。

岡本さん:そうですね。ここまで多くの素材を重ねることは、普段はあまりありません。

香りは、足し算がいい場合もあれば、引き算がいい場合もある。でもNICENESSの香りは、多層的だからこそ生まれる時間の流れが、とても美しいと思っています。最初に立ち上がる香りが少しずつ静まり、奥に隠れていた香りがゆっくり姿を現す。その移ろいを楽しめる香りになっています。僕の中では、お花の香りというより、鬱蒼とした森と都市空間が時間をかけて混ざり合い、静かにエイジングしていく風景を思い描いていました。

積み重なった紙や古い生地の層。時間を経て風化していくのではなく、発酵するように深みを増していく質感。そこへ樹木や苔、樹液といった植物の断片的な記憶が重なっていく。そんなイメージです。

それぞれの素材には、僕自身の中にある記憶の時間軸があります。まず、日本古来の木でもある赤松を、時間をかけてエタノールに漬け込み、香り全体を包み込む土台にしました。その赤松の静かな存在感の奥から、桜の木の蒸留水がそっと立ち上がる。そこから先は、日本という風景を離れ、異国の植物たちが自然につながり合い、一つの風景をつくっていきます。それぞれの香りは決して独立しているわけではなく、互いに呼応しながら時間とともに表情を変えていくんです。

印象としては、最初にヘムロックスプルース、シプリオール、ベテルリーフ、クラリセージが軽やかに立ち上がり、その後ゆっくりとオークモス、アンバー(琥珀油)、アンブレットシードへと移ろっていく。その変化も含めて、この香りの魅力だと思っています。

香りは、纏う人だけでなく、その場の空気や空間、紙や布といった素材によっても印象が変わります。そして、人それぞれの経験や記憶によっても、感じ方はまったく違う。

だから香りには、一つの正解がないんです。

精油という存在も、僕は単なる素材ではないと思っています。 植物という生命が放った小さなシグナルが、別の生命の知覚の中で香りとして再び立ち上がる。そのやり取りを繰り返すことで、香りは単なる匂いではなく、生きている存在のように感じられるんです。

この香りも、一瞬で理解するものではなく、時間とともにゆっくり変化する風景として味わっていただけたら嬉しいですね。

NN:その香りが、一年の時を経て、まもなくディフューザーとして手に取れるかたちになります。

岡本さん:そうなんですよ。もともとは店舗の空間のために生まれた香りだったので、それを持ち帰れるかたちになるのは、僕自身もすごく嬉しいですね。 香りって、時間をかけて熟成することで初めて現れてくる表情があるんです。実際、この一年の間にも少しずつ香りが変化していて、角が取れたり、それぞれの素材が馴染んだりしてきました。待った時間そのものが、この香りの一部になっている気がします。

今回、既存のスプレータイプとの一番大きな違いは、香りだけではなく「景色」を一緒に持ち帰ってもらいたいと思ったことでした。 僕の中では、日本の茶室にある「借景」のような考え方が近いんです。目の前にあるものだけではなく、その奥にある風景まで取り込むような感覚。だから今回は、液体の中に植物そのものを存在させたかったんです。瓶の中で静かに時間を過ごす植物の姿も、このディフューザーの一部だと思っています。中には、エタノールに漬け込んだ植物をそのまま入れています。

赤松のチップに加えて、今回新たに使用したのがヤシャブシの実です。ヤシャブシはタンニンを豊富に含み、古くから草木染めにも使われてきた植物です。衣服との親和性も高く、NICENESSのものづくりとも自然につながる存在だと思い、この素材を選びました。

ディフューザーとしては、二通りの楽しみ方を用意しています。 ひとつは、一般的なリードスティックを使って空間に香りを広げる方法。もうひとつは、現在のNICENESSの店舗でも使っているように、ドライの枝や木の実に数滴垂らして楽しむ方法です。空間や季節、その日の気分によって、お客様自身が自由に選んでいただけたら嬉しいですね。

特にドライの木や実に垂らす方法は、時間とともに香りが木へ染み込み、その素材自体が少しずつ香りを記憶していく感覚があります。一度完成した香りを楽しむというより、ご自身の空間の中で少しずつ育てていく。そんな感覚で、このディフューザーと付き合っていただけたら嬉しいです。

待つことを、楽しめる感覚を

NN:これからの時代に、伝えていきたい文化や価値観はありますか。

岡本さん:最近よく思うのは、「何でも手に入ること」が、必ずしも豊かさではないんじゃないか、ということです。便利さと引き換えに、僕たちは少しずつ「待つ時間」や「想像する時間」を失っている気がして。

植物は、人間の都合では育たないですよね。芽が出るまで時間がかかるし、季節も選べない。そこには必ず待つ時間がある。香りも、熟成して初めて出てくる表情がある。だからこれからの世代に伝えたいのは、効率や便利さを否定することではなくて、「余白を残すこと」の大切さです。少し曖昧で、不完全で、時間のかかるものの中にこそ、人間らしい豊かさがある。

香りって、特別なものだけじゃなくて、ちょっとしたことでいろんな記憶がフラッシュバックするんです。だからこそ、大切なことなのかなと思います。あえて遠回りすることや、待つことを楽しめる感覚を、これからの世代にも持っていてほしい。僕自身も、まだその途中なんですけどね。

Toshihide Okamoto 岡本俊英

Viscum/Viscum Flower Studio 主宰。
植物・香り・空間を軸に、人と自然、人と環境との新たな関係性を築く。植物素材を活かした香りの開発、空間演出、ブランドコンセプトの企画・設計などを手がける。近年は植物の蒸留と、植物由来の香気成分の研究を軸に、植物が本来持つ力を引き出しながら、自然と都市をつなぐ活動を展開。香りが人の記憶や感情、場の印象と深く結びつくことに着目し、人と場所をつなぐコミュニケーションの媒体としての可能性を追い続けている。
https://www.viscum-flower.studio