“Linga Karma” by Yuto Kudo
SS24 CAMPAIGN































































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“Linga Karma” by Yuto Kudo
社会の歯車になることを嫌い、精神と肉体の自由を求め時代や既存の価値観に抗ったビートの詩人達より着想を得たNICENESSのSS24コレクション‘Golden Eternity’。詩人ゲイリー・スナイダーがもたらした東洋思想と西洋文化を融合させた哲学が制作における指針となった本コレクションではインドの職人達とのものづくりに広く、そして深く取り組みました。
NICENESSのインドでのものづくりはヒンドゥー教、仏教の聖地として巡礼者が足を運ぶヴァーラーナシーを拠点に行われています。彼の地ではシヴァ神を祀るカーシー・ヴィシュヴァナート寺院は黄金に輝き、ガンジス川の西岸に広がる沐浴場ガートでは人々が朝日に祈りを捧げ、迷路のように入り組んだ旧市街には犬や牛が我が物顔で居座っています。
SS24シーズンのキャンペーンの撮影はインドにおけるものづくりを指揮してくれているチョプラさんを頼りに、テーマの渦中にあるヴァーラーナシーで敢行することにしました。NICENESSから二人と写真家一人。最小限のチームで。これまで撮影を行ってきた日本はもとより、ヨーロッパとも全く違った文化、環境下での制作は高揚感と緊張感が表裏一体となったものでした。
キャンペーンの制作にあたり撮影を依頼した写真家「工藤 佑斗」もまた、ビートの詩人達と同様にインドに魅せられた一人でした。学生時代からスケートボードにのめり込み、マーク・ゴンザレスらが所属するadidasチームに熱中し、中でも独自のスタイルを持っていたクイム・カルドナ、パウロ・ディアスに惹かれたそうです。パウロはインドの伝統多楽器タブラを演奏することでも知られていました。
“多感な学生時代にスケートショップで見たラリー・クラークによる映画KIDSは写真家への道を志すきっかけの一つとなりました。高校の同級生で写真学科を目指す友達が周りにいて天邪鬼な僕は他にも面白いことがあるんじゃないかと思ってインド哲学に興味を持ったんです。とある大学のインド哲学科のオープンキャンパスに行ってみたけど打ちのめされちゃって、それがインドとの1度目の決別でした。
写真の大学に通っている頃、20歳になった年に初めての海外一人旅をしようと思ったんです。もちろん行き先はインド。意気揚々と旅行サイトで色々と調べていたら同時多発テロの翌年だったこともあってニューヨーク行きのチケットが破格で出ていて。若かった僕は躊躇することなくニューヨークへのチケットを購入していました。それが2度目のインドとの決別。
30代で独立して家庭も持ち、もうインドとは無縁なのかなとどこかで思っていました。それでもインスタグラム上でパウロは相変わらずスケボーに乗ってタブラを叩いていたり、23年の秋には雑誌Silverの山田さんがインドの土産でシヴァ神のキーホルダーをくれたりと今思えば予兆のようなものがあって。そんな中でこの撮影のオファーをもらったんです。
当初撮影に行くはずの日程が諸事情でずれたこともあって、別の撮影で京都に行ったときに七福神みくじを引いたらシヴァ神が元となっている大黒天が出てきて。目的地はヴァーラーナシーだし、さらにはスケジュール変更後の日程ではシヴァ神を讃える祭、マハー・シヴァラートリが開催されるというからこれは何かの因果だと思ったんです。
コロナが明けてから、日本の奇祭の最高峰と称される川崎市の金山神社で開催されるかなまら祭へ毎年撮影に行っていたんです。そこでは男性器の神輿が担がれていて。インドではシヴァの化身とされる男性器の象徴リンガを信仰の対象にしているんです。きっと僕はずっとシヴァとその化身であるシヴァリンガに呼ばれていたんです”
工藤 佑斗





























































